あなたの旅の文章に深みを生む『視点』の使い分けレシピ
旅の思い出を文章にしたいけれど、どうにも単調になってしまう。なんだか自分の話ばかりになってしまって、読んでいる人に情景が伝わっている気がしない。そう感じている方もいらっしゃるかもしれません。
文章の魅力は、選ぶ言葉や表現だけでなく、「誰の目を通してその体験を描くか」という『視点』によっても大きく変わります。普段何気なく書いている文章も、少し視点を意識するだけで、驚くほど奥行きが出て、読者の心をぐっと引きつけるものになることがあります。
この記事では、旅の文章を書く上で大切な「視点の選び方」と「使い分けのヒント」をご紹介します。視点を自在に操ることで、あなたの旅の文章がさらに魅力的になるはずです。
旅の文章でよく使う『視点』とは?
文章における「視点」とは、物語や出来事を「誰が」「どこから」見ているか、語っているか、という立ち位置のことです。旅の文章、特にブログ記事などで最も一般的に使われるのは「一人称視点」でしょう。
一人称視点:「私」が見た、感じた、体験したこと
これは皆さんが普段日記を書くように、「私」という語り手自身が見たり聞いたり感じたりしたことをそのまま記述する視点です。「〜と思いました」「〜と感じました」「私が訪れた時、そこは...」のように、「私」を主語にした表現が多くなります。
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メリット:
- 読者が書き手の感情や思考にダイレクトに触れることができ、共感や親近感が生まれやすいです。
- 体験の臨場感を伝えやすいです。「まさかこんなことが起きるなんて!」といった、その瞬間の驚きや感動をストレートに表現できます。
- 書き手自身の個性や人間性を出しやすいです。
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注意点:
- 「私、私...」と「私」を使いすぎると、独りよがりな印象を与えてしまう可能性があります。
- 見える範囲、感じられる範囲が「私」という一個人に限られるため、客観的な情報や広がりを持たせにくい場合があります。
例文(一人称)
飛行機の窓から見た朝焼けは、言葉にできないほど美しかったです。オレンジとピンクのグラデーションが雲海に広がり、私はただ息を呑んで見つめていました。
もう一つの視点:『三人称視点』を旅の文章で使う
「三人称視点」は、「私」以外の誰か、あるいは「書き手自身ではない観察者」の目を通して出来事を描く視点です。「彼」「彼女」「旅人」といった人物を主語にしたり、特定の人物ではなく「その場」「その街」を主語にして描写したりします。
旅の文章では、完全に小説のような三人称を使うことは少ないかもしれませんが、「あたかも観察者が見ているかのように、情景や出来事を客観的に描写する」という意味合いで、三人称的な視点を取り入れることは非常に有効です。
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メリット:
- 特定の人物に縛られず、広い範囲の情景や全体の雰囲気を描写するのに向いています。
- 読者がより自由に情景を想像する余地を与えられます。書き手の感情に引きずられず、客観的な事実や描写から自分なりの感情を抱きやすくなります。
- 文章に落ち着きや深みを与えることができます。
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注意点:
- 読者との距離感が生まれやすい場合があります。書き手の個人的な感情や内面に深く触れるのには向きません。
- 書き方によっては、情報伝達に終始してしまい、血の通わない文章になってしまう可能性もあります。
例文(三人称的な描写)
陽が傾き始めた広場では、大道芸人が賑やかにパフォーマンスを披露していた。それを取り囲む人々からは、温かい拍手と笑い声が絶え間なく響いている。石畳には柔らかな夕陽が長く影を落とし、街全体が穏やかな空気で満たされていた。
この例文では、「私」がどう感じたかではなく、目の前の情景をそのまま描写しています。
視点を「切り替える」「組み合わせる」テクニック
旅の文章で最も効果的なのは、多くの場合、一人称視点を基本としつつ、必要に応じて三人称的な描写を取り入れる、という組み合わせ方です。
例えば、冒頭では一人称で「私がその場所に惹かれた理由」を書くことで読者の興味を引きつけ、具体的な場所や出来事を描写する際には三人称的な視点に切り替えて情景を鮮やかに描き出す、といった方法です。
組み合わせの例
私は、ずっと行きたかった古都の小道を歩いていました。〔一人称:書き手の行動・感情〕。石畳の両側には古い町家が立ち並び、格子戸の隙間からは生活の音がかすかに聞こえてきます。軒先には季節の花が飾られ、あたりにはほのかな香りが漂っていました。〔三人称的な情景描写:客観的な観察〕。その静かで穏やかな雰囲気に触れ、私は心が洗われるような気持ちになりました。〔一人称:再び書き手の感情へ〕。
このように視点を切り替えることで、文章にリズムが生まれ、読者は書き手の体験を追いながらも、自分自身がその場に立っているかのように情景を感じ取ることができます。
切り替えのコツ
- 自然な流れを意識する: 視点を切り替える際には、読者が混乱しないよう、場面転換や描写の対象が変わるタイミングで自然に行いましょう。
- 何を描写したいかで決める: 自分の感情や感想を伝えたいのか、それとも場所の雰囲気や出来事を客観的に描きたいのか、目的に応じて視点を選びます。
- 明確な主語や表現を使う: 「私は〜」「そこには〜」「〜が見えた」など、誰(何)がどうしているのかを明確にすることで、視点の混乱を防ぎます。
どんな時に、どの視点を選ぶ?
迷った時は、何を一番読者に伝えたいかを考えてみましょう。
- 個人的な感動、驚き、発見を強く伝えたい時: 一人称視点が効果的です。あなたのフィルターを通して見えた景色や感情をストレートに伝えましょう。
- 訪れた場所の雰囲気、街並み、自然の様子を鮮やかに描きたい時: 三人称的な描写を取り入れるのがおすすめです。五感をフル活用して、読者の心に情景が浮かぶように丁寧に描写しましょう。
- 旅の途中での出来事や人との交流を描く時: 基本は一人称で「私が体験したこと」を中心にしつつ、相手の様子や場の雰囲気を描写する際に三人称的な視点を織り交ぜると、より立体的な描写になります。
視点を意識して、書いてみましょう
視点を意識するというのは、少し難しく感じるかもしれません。しかし、これは特別な技術ではなく、「自分が伝えたいことを、どうすれば読者にもっとも伝わる形で表現できるか」を考えるためのツールです。
まずは、いつものように旅の文章を書いてみてください。そして、書いた後に「この部分は、私の感情だけでなく、その場の風景をもっと客観的に描写したら、読者はどう感じるだろう?」あるいは「この出来事は、私がどう感じたかを強く出した方が、読者の共感を得られるかな?」といったように、視点を意識して読み返してみてください。
そして、少しだけ表現を変えてみる。その小さな試みが、あなたの旅の文章に新しい深みと広がりをもたらしてくれるはずです。
難しく考えず、あなたの心に残った旅の景色や体験を、どんな目線で読者に届けたいかを自由に想像してみてください。そして、実際に書いて試してみてください。きっと、文章を書くことがもっと楽しくなるはずです。